KYOKOのひとりごと〜高齢者と一括りにされること

数日前の病院での出来事

ここのところずっと独り言のようなブログですが…
先日ちょっとしたことで病院に行った時の光景から
色々思った私でした
いっちゃんは現在65歳
おじいちゃんと呼ぶにはまだまだ
でも倒れた当時の働き盛りからは随分歳を重ねたんやなぁと
しみじみ思った出来事でした

どうして苦しかったのか…

倒れたのが51歳働き盛り
倒れた経緯も特殊で体調が悪いとずっと訴えていたにもかかわらず
怖い言葉を使うと「会社に監禁された」という経緯がある
そこのところはまだ私の中で消化できていない苦しい部分なので
ブログに真相を書くには至らなくて
でもいつかこの苦しい胸の内、何があったのかをかける時が
来たらいいなぁとぼんやりと思っている

で、話を戻すと先日の病院で何があったのかというと

ちょこんと車椅子に乗ったちっこいおばあちゃまとヘルパーさんのやりとり
ヘルパーさん待合室に響き渡るような大きな声で
「〇〇さん今日から入院すんねんで」と話している
おばあちゃまはキョトンとしている

個人情報もなんもあったもんちゃうな
って思ったけど
多分ヘルパーさんは敏腕ヘルパーなんだろう
そしておばあちゃまはこのヘルパーさんを信頼?しているのかな
知らんけど

ヘルパーさんはやらなければいけないことを
全て独り言のように言葉に出して
家族に連絡やな
あっ会社にも連絡しとかな
入院の手続きは私が出来るところまでやるわ…等など

3年前にも入院したから慣れてるやろ?
ご飯はお粥じゃなくて柔らかいご飯にしてもらってあげるわな
どうやらおばあちゃまはお粥が苦手らしい

多分〇〇おばあちゃまのことをなんでも知り尽くしている
ヘルパーさんなんだろう
〇〇おばあちゃまもこのヘルパーさんがいて
とても助かっているのだろう

でも、私個人情報もなんもあったもんちゃうなって
思ってしまった
これが介護保険のサービスなら
私がずっと悶々としてきたこと
ここに答えがあるわ
だって51歳いっちゃんは若いねんもん

そういうサービスを主たる仕事として
関わっているヘルパーさんに
「よくなるリハビリをしてるから
出来ることはなんでも自分でさせたい」という私の言葉は
宇宙人の言葉に聞こえたんやろうね
宇宙人が高次脳機能障害って言ったって宇宙語?

耳元で「白井さん」と大きな声で話しかけられる主人を見て
「いや耳元で話さなくても聴力は普通ですから」と
何度も言っても
もう職業病のように顔を近づけて
大きな声で話すヘルパーさんに
主人はどんどん魂が抜けて
自分で何かをしようという意欲が…
死んだ目のおっちゃんの出来上がり

そのことに 随分ちゃうねん、ちゃうねん
とあがなってきたなぁと
〇〇おばあちゃまとヘルパーさんの会話聞きながら
ぼんやりと診察の順番を待つ私

ヘルパーさんが手続きやら電話やらに飛び回っている間
不安そうに通路の真ん中でポツンと取り残されている
おばあちゃま  表情は不安そう

もし私がおばあちゃまなら
手続きはいいからそばにおって
なんで入院しないとあかんかちゃんと説明して
理解できなくてもちゃんと話せば通じる
そもそも入院以外の選択肢はないの?
私の意思を確認して、相談させて
入院もドクターとヘルパーが決めるのではなく
私と家族で決めさせてって思うんちゃうかな

いっちゃんがおばあちゃまなら
私怒ってると思う

我が家は選ぶ権利なしに介護保険のお世話になっている
随分お世話になってるから
文句は言えないけど

よく介護保険=高齢者
高齢者とともにとか
高齢者を元気にするとか
高齢者のご利用者さまとか

そういう言葉を聞くたびに
高齢者ちゃうしってちっちゃい声が
耳元でなった

苦しんできたのはこの制度やねんな
少数派のいっちゃんのような働きざかりで
介護保険のお世話にならなければならなかった人は
諦めるしかないのかな

確かに介護保険に随分助けてもらってるから
文句は言えない
この制度のおかげで私は教師を続けることができたのだから

でもそれは大きなものを引き換えにしてきたような
そんな気がする

きょとんとしたおばあちゃまとヘルパーさんを見て
そんなことをぼんやりと考えた

やってあげるとか
支援してあげるとか
なんか違うねんなぁ

なんもわからんようやけど
私いっちゃんに色々相談したいし
ヘルパーさんがいっちゃんに悩み相談したりしたってよくない?
きっといっちゃん余計なこと言わんと
ふんふん、そうか〜って話聞いてくれるで

身体が不自由になったとたん
ご利用者さまって呼ばれるのおかしくない?
白井さんでいいやん
いつも支援される人っていう位置付けで
生きていかなければならないいっちゃんのプライドは
どこに落とし所を見つけたらええんやろう
出来る事をできる人がしたらええんちゃうんかな
今までできたけどやりづらくなったなら
それを少し手伝う
そしてありがとうっていう
シンプルにはいかんのかな
そこにはやってあげる  やってもらうの世界しかないのかな?

先日の北海道でのラジオ出演で
広田まゆみ議員がいっちゃんに
「しらいさんのことは何とお呼びしたらいいですか?」
といっちゃんに尋ねてくれて
いっちゃんはキッパリと
「いっちゃんでなくしらいさん」と答えた
意思があるんだよ  ちゃんと
その意思はコロコロ変わるかもしれないけれど
その時いっちゃんはいっちゃんではなく
白井さんと呼んで欲しかったんだよ

もしいっちゃんが80歳でこの制度にお世話になったなら
随分ありがたくすんなりと受け入れることができたんやろうな


私も若っかったし
いろんなこと全てが受け入れられなくて
もがいていた時
どうしてもこの介護保険の制度がわからなかった
もし戻れるなら
わからないからもっとちゃんと説明してほしい
流作業のように制度に当てはめてプランを組むのはちょっと待って
希望や今までの生きてきたストーリーを
ちゃんと聞いてほしいって言えたかもしれないな
その上でできることできないことを選ばせてほしいねんって

その時はそんな余裕がなくてハテナマークばっかりで
やり過ごしてきた

理解ができなかった
だからいっぱい苦しかった

そんなことをぼんやり
見ず知らずのおばあちゃまの名前を
頭から離れなくなるぐらい大きな声で連呼していた
ヘルパーさんを見て思った

woman dancing in front of a phone
Photo by MART PRODUCTION on Pexels.com


皆さま今日もハッピーな1日をお過ごしください💖





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